兼光ダニエル氏による反論文(転載)

どもです。野上です。

友人であり、また拙作「蒼海の世紀」の英文翻訳者でもある兼光ダニエル真氏が、ここ数カ月の間に沸き起こった「児童ポルノ規制に名を借りた言論規制の動き」に対して、彼のサイトにて反論文を掲載いたしました。
 非常に賛同できるもので、ぜひ広げたいと思いまして転載するものであります。
 ダニエル氏にはすでに転載の許可をとっております。(というかどんどん転載してくれ人のこと)。

なお、英文版もあわせて転載しておきました。


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真の倫理と偽りの安心
思想警察は実在の子供を守れない
兼光ダニエル真

[ポルノグラフィーと猥褻に関する国立]委員会は、健全な道徳的規準の存在は個人および社会にとって肝要であると 認め、信ずるものである。しかしこの基準は、それが効果的かつ有意義であるためには、家庭において、教育的・宗教的鍛錬において、また人間的経験と個人的 に向き合おうとするする個々人の決意をとおして徐々に浸透する価値観から生まれ出る深い個人的責任の意識に根ざすものでなければいけない。道徳的選択を政 府が規制することは、真の道徳的基準の形成に不可欠な個人的決断の責任を個々人から奪うことになりかねない。このような規制はまた、われわれのもっとも基 本的な憲法の伝統に反する公的な道徳的権威を打ち立てることにもつながりかねない。

このため、本委員会は成人間の合意に基く「猥褻」物の流通を違法化、無いし阻害する既存の連邦法の撤回を提 案する。
[1]

1970に発表されたポルノグラフィーと猥褻に関する合衆国国立委員会の最終報告書からの抜粋。


2010年4月現在、日本において児童ポルノの範疇にアニメ・マンガ・ゲームと言った創作物を含ませようとする動きが依然としてあります。2010年3月 に継続審議となった東京都青少年健全育成条例改定案には「非実在青少年」という区分を設け、「非実在青少年」の性的描写を含む創作物の規制を試みようとし ました。

この一連の動きは東京都に限定されておらず、他の自治体でも、国会でも特定の創作物の規制・違法化を検討する動きがあります。ユニセフと提携して活 動している日本の民間団体、現在日本ユニセフ協会は署名キャンペーンを通して想像上の18歳未満の性行為の描写も違法化しようと働きかけ続けています。 [2]将来、特定の創作物を違法化するべきと公言する議員も存在します。

私が日本の児童ポルノの定義が創作物をも含まれるように広げられるのに反対する理由は次のとおりです。


1.誤った対処策だからです。

警察の予算は実在する児童の性的虐待の追及を第一とすべきであり、実在しない児童の福祉を鑑みるべきでありません。日本の国家予算は只でさえ赤字が 顕著です。児童福祉設備の更なる充実化や学校現場における相談窓口を増やすのを急務である今日置いてこのような無駄遣いは許されません。

また、実在しない児童の想像上の虐待を違法化することで得られる見返りは非常に少ないと私は思います。それこそ映画の中のカーチェイス・ シーンを違法化することで実社会における交通事故の発生件数が減少するのを期待するようなものです。

実社会における児童虐待に対処するのに完全な想像上だけの世界を弄りまわすよりも遥かに適切な対処策はあるのではないでしょうか?

2. 特定の題材を違法化する理由があまりにも筋が通っていません。

実在する児童が関わる児童ポルノは実際に発生した児童虐待の副産物である可能性が高いです。

つまるところその内容自体が問題ではありません――児童ポルノを違法とする理由は、その製作過程において実在する児童が虐待を被るような状 況に招きかねないからです。如何にしてその作品が作られたかが問題であり、視聴者がその作品を見たときにどのような印象を感じたが犯罪性に結びつくもので はありません。

どのような内容の映画であったとしても、その映画のスタッフや俳優が拉致されて強制的に制作に携わったのであればその映画は違法化されるべ きです。スナッフフィルムという実際の殺人行為を娯楽目的に制作された映画は、殺人行為自体とそれを快楽の為に撮影する事自体が違法であるが故に忌み嫌わ れ、ご法度なのです。

もし映画において殺人行為なる題材を取り扱うこと自体が問題と言うのであるならば、戦争映像集やホラー映画も違法化されなければいけませ ん。

児童ポルノを違法化する理由の一つは子供が性産業に携わらないようにする為です。ある一面に於いて、児童ポルノ法の基礎は児童労働法の延長 線上にあると言えるのであり、児童と性を結びつける人間の思考を一掃する為ではありません。

実在する児童が性的虐待を受けているのを扱った児童ポルノは言葉に言い表せないまでにおぞましいものです。人間の悲哀と苦痛を凝縮した行為 だからこそ、著者の頭の中だけにしか存在しない行為と混同するのは大変憂慮すべきであると思えて仕方ありません。創作物を含める為に児童ポルノの定義を広 めるのは、確固と実在する児童の性的虐待の重大性を軽んじるのに繋がります。



3. 違法行為を奨励すると言う論理が破綻しています。

未成年者を題材とした創作作品の違法化を主張する方々の多くは、そう言った作品の存在が犯罪行為へと人を誘い、実在する児童への性的虐待に対して寛 容になるように人を促がすと訴えます。この論点の主軸には性を扱った題材となると人間は自らの衝動を抑える事が出来なくなるのを前提条件としており、創作 上の児童虐待の存在自体が児童虐待の発生に繋がるとしています。服役中の有罪であると認められた犯罪者の告白をこの論理の証拠として持ち出される事が多々 あります。

しかしこの論理を認めてしまっては、複数の文明の殲滅やその名において人類の歴史上の度々の民族虐殺を促がした聖書を違法化すべきであると 結論しなければいけないのに繋がります。

沢山の犯罪者は自らの凄惨な行為は聖書の中から書かれた記述によって促がされたと証言する事がありますが、誰もこのような犯罪行為の根源に 聖書があるとは認めないでしょう。それはなぜでしょうか――なぜなら自由社会において人は自らの行為に責務を帯びると言う原則があると受け入れているから です。

中には次のような主張をされる方もいらっしゃるでしょう――ほとんどの人々は現実と想像の区分けを理解でき、自分の行動に対して責任を取れ るが、児童性愛者や精神的に不安定な人はそれが出来ない。この考え方によれば、影響されやすい人間が刺激的な作品と接してしまうと犯罪行為に繋がるので特 定の種別の作品は違法化されるべきであるとしています。

極少数の人間による無責任な行動の可能性を基準に市民の行動や権利を制限することは大変危険です。包丁を使った凶行に及ぶ人間が何人か存在 すると言う理由で台所から刃物を無くすようなものです。この論拠もまた、想像を絶するまでに乱暴であると言わざるを得ません。

更に付け加えますと、日本の警察自身が発行している犯罪統計を見ても性を取り扱った作品の普及と性犯罪の因果関係がまったく認められませ ん。戦後より今日までにエロや暴力を主題とした娯楽創作作品が目まぐるしく増え続けているのにもかかわらず、同期間において犯罪率は劇的に減少し続けてい ます。


4. 法の執行は困難を極め、その効果は非常に限定的と予見できるからです。

現実に存在する人物とは異なり、創作物の登場人物には出生証明書がありません。

想像上の人物の「真の年齢」を廻って泥沼を様相を呈する告訴と否定の応酬が吹き荒れるのが容易に想像できます。作者や出版者らは登場人物が 若く見えると認めつつも、実際には18歳以上であると主張するでしょう。人の容姿は人種や民族によって大きく異なりますが、想像上の種族などを含めるとそ の落差は非常に広がります。

人間以外の人の形を模した存在――例えばエルフやヴァンパイヤなど――も同じ基準によっては判別されるべきなのでしょうか。それならば写実 的な天使や神々の肖像はどうなるでしょう。実生活に於いて行なわれれば明らかに違法と認められるような行為に老若男女・人間と神々の間で耽っているのが多 々含まれるギリシャ神話は違法な書物として取り扱われるべきなのでしょうか。

新しい規制に順応する能力においては出版社や作者らは突出しています。もし写実的な表現が違法となれば、抽象的な表現やユーモアな表現が増 える事でしょう。もし視覚的表現が違法化されれば、小説やCDドラマなどがとってかわるように増えるでしょう。もし特定の衣服の着用やキャラクターの言動 の傾向が追求され兼ねない記号であると認められれば、これらを新しい記号と入れ替えられることとなるでしょう。

これでは人間の根源要素の一つである「性」にますます多くの記号や概念が接点を持つことが忌々しいとされてしまいます。または、あまりにも 無意味な法基準であることが認めれその法律は有名無実となり兼ねません。

そのような法律は今まで数多くあり、警察に滅多に運用されることがなくとも、業界内の自主規制を正当化する基盤となり、更には当局と業界団 体の間で悪質な癒着を生むのに適した環境の形成に貢献する可能性が否めません。

5. 違法化は創作の萎縮を招き、文化全体を貧しくさせ兼ねないからです。

これまでに未成年の性描写を含む創作物の違法化は数多くの民話、神話、芸術、そして文芸作品を脅かす結果になり兼ねないのを指摘しました。この法律 が徹底されれば、図書館から数多くの本を取り下げる事態になります。更には既に個人所有物となっている何億という書物の問題があります。数年前までに購入 するのが合法だった本を所有していると言う理由だけで人は法に罰せられなければいけないのでしょうか。

「祖父条項」(既得権条項)を法案の中に盛り込めばコレクターは胸を撫で下ろすかもしれませんが、それあったとしても現代社会に対して重大 な影響を及ぼすのは避けられないでしょう。

想像上の未成年者と性行為を描写する事を違法化すれば、人間の基礎的根源属性の一つを取り扱う事自体をタブーとしてしまいます。これらの題 材を軽々しく扱う人間よりも、真っ向から年齢と虐待について追究する間に対して風当たりが強くなる為に、作者や芸術で強い社会意識を持った人達から力を取 り上げます。

例えこの法基準が頑なに追及される事がなかったとしても、中小の企業と異なり失うものが大きい大手出版社など人目を気にする大企業はより徹 底した自社自主規制基準を設けることになるでしょう。

既に今日置いて一部の成人向けマンガ雑誌は想像を絶するような自主規制基準は用いている事があります。現実社会でよく見かけるような体型の 女性を作品に登場させると「こどもっぽいように見える」という理由を持ち出し、女性登場人物を皆巨乳にするのを要求する編集者に対する不満を露にする作家 も何人もいます。

もちろん自主規制基準は出版社やアニメ・ゲームの制作スタジオによっては大きくばらつきますが、想像上の未成年者の描写を違法化する法律が 可決されれば創作の世界においてより一層に歪曲された形でしか人間社会を映し出せないような環境を奨励をすることになるでしょう。

作者の主観性は法的追及される畏怖によって掻き立てられるべきものではありません。

この法律は「不快で醜く、搾取精神に満ちた作品」のみを対象とするのだと訴える方々は少なくありません。彼ら曰く、建設的な作品や芸術作品 は除外されるのだそうです。

このような考えはどのように少なく見積もっても愚かしいとしか言いようがありませんし、自分を騙しているとも言えなくもないです。

誰が市民全体を代弁して何が不快かどうかを決めるのでしょうか?

過去二世紀を遡って見渡すと、制作された当時の当局からは汚らわしく人を堕落させるゴミ同然とされた作品でも今では非常に貴重な文化的産物 としてその価値が認められている例が少なくありません。

不快に感じる作品があれば、それを避けて通れば良い話です。

もし特定の問題のある作品があまりにも人気を博していると憂慮する人がいるのであれば、その傾向を批難する権利は当然あるべきです。理想的 にはこのような憤りは創作意欲へと転化し、不快と感じる作品と競争し追い抜き兼ねない優れた作品の作る原動力となるのが望ましいでしょう。

文化の豊かさは引き算ではなく、足し算によって成り立つものです。

6. 非常に危うい法律的慣例を作りことになり、あまりにも極端だからです。

因果関係が立証されていないにもかかわらず、想像の領域を抜け出ない不確かな安心を確保する為に、主観的な基準を用いた規制によって社会全体の文化 背景が影響を被るような創作作品の違法化が押し進められていると知れば人々は関心を抱くべきですが、これらを総てを差し置いてもより大きな危険がありま す。

もっとも憂慮すべきは豊かな想像力を持っていると言う事だけで個人が処罰され兼ねないということです。

未成年の性行為を創作作品で取り扱うのを違法化することは、他人とまったく性行為を重ねた事の無い人間を性犯罪者と仕立て上げる可能性があ ります。紙に落書きを書いたからと言って人の人生をメチャクチャにする法律的根拠はまったくないと私は思いますが、検討中の法規制が通ればそういった処罰 を行なう法律的前例を作ることになります。

反社会的とされる想像上の未成年の性行為を取り扱う作品を個人が創作するのが社会にとって重大な危機であるとされるのであれば、他にどのよ うな反社会的行為の描写を違法化するべきでしょうか。万引でしょうか。いじめでしょうか。強姦でしょうか。階級差別でしょうか。戦争犯罪の描写も違法化す べきでしょうか。

要約すると、このような創作物の違法化はオーウェリアン――即ちジョージ・オーウェルが著作「1984」で紹介した極度な全体主義的警察国 家に相応する行過ぎた強権的制度――と結論せざるを得ないのです。

想像上の未成年者が登場するという理由だけでマンガやアニメ、ゲームを違法化するのは誤った極端な思想犯の構築であり、不確か且つ限定的な効果を得る見返 りに自由社会に対して多大な負担を強いる事になります。

このような施策がまかり通れば、将来に於いて大変好ましくなかった法規制の一例として名を残す結果になると私は確信します。1920年から1933 年の間でアメリカで施行された禁酒法や同性愛行為を禁じたソドミー法、コミックコード自主規制機構、そして戦前の日本における社会主義文芸への規制などと 言った数多くある歴史上の重大な規制施策の失策の列にこの法規制は加えられるようになるでしょう。

これらの破綻した倫理啓蒙運動のすべては世の中をよりよいところにしようとする道徳的で貞淑なひたむきな方々によって率いられたものであっ たのを見落としてはいけません。

当初、社会の中の多くの人々はこのような善意に基いた運動を受け入れ、抗議や警鐘を鳴らす一派を人騒がせな人間や極端な意見を提唱する輩と 片付けがちです。時間が経つにつれ、規制機構は自らの理で動くようになります。規制施策において、権限の拡大は権益の拡大に繋がる為に規制の番人らにその 規制の範囲を広げようとするのを促がします。時によって規制体制は当初の意図されたものからかけ離れた存在へと豹変することがあり、一端このようになって しまうと失策と認められても覆すのは大変困難となってしまいます。失敗に終わった規制システムは撤回された後も、負の遺産となっていくつもの世代を渡って 社会への重荷となる傾向があります。

我々は再びそのような過ちを繰り返す必要はありません。
 


注釈:
1 - 第1段落の翻訳はウォルター・ケンドリックの著作『シークレット・ミュージアム 猥褻と検閲の近代』(平凡社刊)の大浦康介・河田学による翻訳と大浦康介 の監修の文章から抜粋。第2段落は小生が翻訳しました。
2 - http://www.unicef.or.jp/special/0705/pdf/kodomo_p_paper.pdf

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文中、読みやすくするために一部を太字にしました(野上)




コメント
先生方、毎度おつかれさまです。

ふと思ったのですが、先生方の論文を新聞やラジオ、TVなどの各マスメディアに投書されては如何でしょうか?

マスメディアの方もネットはみているとは思いますが、手紙などの文書で送られたものの方が、強い印象を受けると思うからです。
  • ター坊
  • 2010/04/09 2:57 PM

『人は見たいと欲するものしか見ない』といったカエサルの言葉を思い出します。
兼光ダニエル氏のこの反論文を読んでも、『だからなんなの?、私が言ってるのは・・』と続ける人々はおそらく、反論文を読んでいながらその眼には何も映っていないのでしょう。
そういった人ばかりではない事を願いますが。
微力ながら、私のブログにも氏の反論文を転載させて頂きます。この素晴らしい反論が少しでも誰かの目に映る事を願って。
  • ウル
  • 2010/04/10 12:32 AM

書いてあることは共感できますし、反論としてよくできていると思いますが、惜しむらくは文書の多数の箇所に脱字や接続詞の間違い等がありますね
それによって文意が正確に伝わらない可能性もありますし、厳しい推敲を重ねたのか疑問を持つ人も出てくるでしょう
せっかく素晴らしい文章なのですから、こうした細かい部分にも注意を払って改稿していただければと思います
  • 評議長
  • 2010/04/11 11:39 AM

規制推進派の意見はまさに人間不在の道徳ですよね。ともすればオリエンタリズムじゃないかな…アニメ文化に対する。

それだけじゃなくて、男性の性を孤立させることで、規制は女性の暴力被害も助長しかねない。

ちょっと際どいけど…
さっきね、車椅子の人がえっちいアニメDVDの棚見てたんですよ。僕(人格障害)も見てたけど…この規制は、ただのリンチですよ。
建前はいいから、実際に心身的障害者を伴侶にしたい人いるわけ?っていいたい。
いるわけない。恋愛は競争だからそれが自然なんだ。
規制推進派と政治家は何を見てるんだろう…

僕は、えちい漫画とかゲムとかに救ってもらいました。

おたくが未だに揶揄される状況で、あんな条例が通ったら誣告の嵐になるのは目に見えてますよね

同じ意志を持ってるものには間違いなく勇気を与えるものだと思います…

解り易く短くする…箇条書きになってるのが工夫になってると思います。

なんか、活動の初級編。みたいなのあってもいいんじゃないかな。と思って…未だに自民党はおたくの味方って思ってる人もいるみたいだし…

転載。アクセス少ないけどさせてもらいます。
preserve manga free.
のほうが…えっと、saveには宗教的な意味で救うという意味があるそうだから。(英語苦手)
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